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最高裁判所第三小法廷 昭和54年(あ)404号 決定

国籍

韓国(慶尚北道高霊郡開津面九谷洞)

住居

兵庫県西宮市甲子園口北町一九番一一号

無職

許権伊

一九二三年七月一四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五四年一月一七日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人児玉憲夫、同加藤幸則の上告趣意は、憲法三一条、八四条、三〇条違反をいう点を含め、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 横井大三 裁判官 環昌一 裁判官 伊藤正己 裁判官 寺田治郎)

○ 昭和五四年(あ)第四〇四号

被告人 許権伊

弁護人児玉憲夫、同加藤幸則の上告趣意(昭和五四年四月二八日付)

第一点 原判決が昭和四二年度の売上額を基準とした公表率(逋脱率)をもって昭和四一年度の売上額(逋脱額)を推計したのは、憲法三一条(罪刑法定主義)ならびに同八四条三〇条(租税法律主義)に違反する。

一、一審判決ならびに原判決における各係争年度の売上額の認定の経過

(一) 原判決は、被告人の昭和四一年度および四二年度分所得につき過少に分散し虚偽記載をした確定申告(白色)をなし、昭和四一年度につき金二二、七六一、七〇〇円の、昭和四二年度分につき金四六、七七四、六〇〇円の所得税を免れたと各認定して、被告人に対し懲役一〇月および罰金一七〇〇万円を言渡した第一審判決を相当として控訴の申立を棄却した。

(二) ところで右各年度の逋脱税額算出の基礎となる所得額は、いずれも実額を把握したものではなく推計に基いて算出されたものである。すなわち右所得算定の構成要素である売上額につき、昭和四二年度は被告人らが正規の売上分として中川良吉名義の当座預金に入金した額と景品仕入額の合計である公表金額に浪速信用金庫京橋支店における桜井政美ほか一二名の仮名預金の合計額を合算して総売上額とする推計方法をとり、昭和四一年度は右四二年度のように公表金額以外の仮名預金との合計額によることなく、右四二年度の総売上額に対する右公表売上額の割合(公表率、裏からいえば逋脱率)をもって、同四一年度の公表金額(中川良吉名義の当座預金入金額と景品仕入額)から逆算するという翌年対比の推計方法を用いたのである。

(三) これに対し弁護人は、第一審以来右各推計方法は合理性がなく不相当なものとして争って来た。その理由として弁護人は次の諸点を主張した。第一点は、昭和四二年度の公表外売上額とされた仮名預金には被告人のパチンコ営業と関係のない入金が混入しており、その金を隠ぺいした売上額とすることは不当である。第二点は、このような不当な昭和四二年度売上額を基準として算出した同年度の公表率(検察官の主張は七一・二四%であったが、一審判決は七二・六九%とし、原判決はさらに七二・七七四%と順次増加修正された。)をもって昭和四一年度の売上額を推計することは、納税者は毎年同率割合(毎年一定額を除外したというならとも角)の売上除外を行うという蓋然性が認められない以上到底合理性も認められないばかりか、刑事裁判における事実認定は適法な証拠調手続を経由した資料のみによって行われるべきであるとの証拠に基づく裁判の原則に違反するものである。

(四) これに対し第一審判決は、右第一点につき、検察官の主張した浪速信用金庫京橋支店における桜井政美ほか一二名の仮名預金(松山圭樹名義の当座を含む)合計額八二、四九四、二七六円のうち、合計金一六八万円の入金は、公表外売上額から公表売上額である当座預金に振替になっているとして売上から除外するとともに、仮名預金のうち兼城和夫名義の二〇〇万円、福井輝雄名義の五〇万円、山本仁名義の一三〇万円の合計金三八〇万円は弁護人の主張を認めて被告人が売上には関係なく仮名預金に入金されたものとして売上から除し、右検察官主張の仮名預金額から前記当座重複分一六八万円を差引いた金八〇、八一四、二七六円の五%に相当する金四、〇四〇、七一四円を差引いた金七六、七七三、五六二円を売上除外額(非公表額)と認定した。

続いて原判決は、さらに右仮名預金中に現金でなく小切手で入金されている三二〇、〇〇〇円をその性質上売上金とは認められないとして差引き、売上除外額を金七六、四五三、五六二円(原判決添付第五表参照)と認定した。

また第二点については、一審判決ならびに原判決とも、(イ)第一ホールにおける昭和四一年度と同四二年度の営業状況には格別の変化もなく、その売上実績は両年度ともにおおむね同一程度のものと推認され仕入総額も相互にほぼ近似していること。(ロ)右推計の基礎事実である昭和四一年度の公表金額は仕入先、銀行などの反面調査により収集した客観的資料に基づいているとともに、中川良吉名義の当座預金入金額および景品仕入額も正確に把握されたものであることより合理性があると判断して弁護人の主張を容れなかった。

二、右認定経過の問題点(推計の不合理性)

(一) 昭和四一年度の売上推計の不当性

原判決は、同年度の売上額の算出を反面調査に基づく実額計算であると判示しているが間違っている。景品仕入額と当座預金の入金額に仮名預金額を加算して売上額とすることは明らかに推計計算であって、所得税法一五六条の予定する推計の一方法である。このような推計方法を用いる場合に、それが合理的であるためには第一ホールの売上が景品その他の経費に出捐するもの以外全て浪速信用金庫京橋支店の仮名預金に入金されていること、また反対に売上以外の入出金がないことが前提条件となる。一般に、預金の預入には仮名預金であろうとなかろうと他の預金からの振替や当座の現金の必要なことによる出入があるのが通常であり、従ってそのような混入の存しないことが確定しない限り入金総額をもって直ちに売上と認定することは許されない。行政事件であるが大阪高等裁判所昭和四七年五月一八日判決が「預金の中に営業収入のほか預り金も含まれている場合にはその預金金額によって営業収入を推計することは合理的でない」と判示している(税務訴訟資料六五、九九一頁)のも当然のことである。これを本件にあてはめて考えると、前述のとおり一審判決で当座重複分が除外されたり、非売上入金が数回にわたり認められたり、二審判決で小切手入金分が除外されたりすること自体右仮名預金をもって売上金と認定するが不合理であることの何よりの証左といわねばならない。同じく行政事件であるが、大阪地方裁判所昭和三六年三月三〇日判決が「事業主が銀行預金通帳を売上帳と同一の機能をもって利用しているとか、売上高を隠匿する目的のために銀行預金を利用しているというような格別の事情のない限り、売上金でないと認定した入金額を控除したからといって当然に預金残高が売上金であると推定することは合理的でない」と判示する(行政裁例集一二、三、四七七頁)のを参考とすべきである。

現に第一ホールのの売上につき、銀行との入出金の交渉を専ら担当していた許小権は、前記兼城らの非売上入金の立証はこれで全てではなく、他にも売上に関係のない仮名預金への入金が存するのであり、たとえば白川健太郎、福島栄作、高島らにも個人貸をしたり、また当時何千万という金を動かし一千万も儲けたことがありこの金も第一ホールの仮名預金に入れたと供述しているのである。(許小権の第一審第三〇回公判調書)

また許小権はこれら各預金への振り分けを指示した理由として「自らが事業をやるための信用をつけるため」多数の預金口座を持っただけで特段「売上げを隠すためでなかった」とも述べている(原審第二〇回公判調書)のであって、そうとすれば非売上金が混入している可能性はさらに大となる。

ところが原判決は、これら事実を具体性を欠いているとして認めず、前記小切手分三二万円以外他に所論のような非売上金混入の事実を認めるに足る的確な証拠は見当らないと判示した。

しかし問題は右白川らの非売上金混入の事実があったか否かでなく、前記のような兼城分や小切手分などの非売上金除外の事実がある場合に、残余の仮名預金を直ちに売上金と推計することが合理的であるか否かであり、この点につき原判決は説得ある判示がなされていない。端的にいえば右のように非売上除外がある以上、一審認定額の金七六、七七三、五六二円につきさらに三〇%程度の減額をなし(後述のとおり)控え目な売上額を認定すべきであった。

(二) 昭和四一年度の売上額につき公表率を適用した違法不当性

(1) 既述のように原判決が認定した昭和四二年度の売上額は、仮名預金を具体的に検討することなく即売上額と認定した不当なものであるが、原判決は、この不当な昭和四二年度売上額を基準として算出された同年度の公表率をもって昭和四一年度の売上額を推計するという無暴な方法を用いた。すなわち翌年対比による推計計算によって売上高を算出したのである。

(2) しかし、一定の条件のもとに推計課税の認められる租税債務確定の行政訴訟ならとも角、租税逋脱事件においてこのような推計計算は許されない。この公表率、裏から言えば逋脱率の適用は納税者は毎年同じ割合の脱税を続けるであろうとの前提に立脚するものであるが、はたしてそのような前提が妥当なものであろうか。刑事裁判における事実認定は、適法な証拠調手続を経由した資料のみによって、これをなすべきであって、その他の資料によって事実の存否をみだりに臆測することは許されない。税務訴訟においてすら推計の場合には推計が適用されることの妥当性と推計そのものの合理性が必要とされている。まして被告人の人権に直接かかわる刑事事件においては推計は原則として許されず、仮に推計が許されるとしても、何人によってもそれが妥当と認められる合理的範囲内のもので、しかも控え目なものでなければならない(谷口貞「税法違反事件」司法研修所論集一九七四年一号九七頁以下)。納税者は毎年継続して同率割合の売上除外を行うとの蓋然性は到底認められるものではなく、このような公表率によって推計された売上額も到底信用することはできない。

殊に、本件の場合売上の推計は直ちに訴因である逋脱税額の多少につながるものである。このような構成要件事実そのものにつながる推計は、「疑わしきは被告人の利益に」との刑事の大原則に反する違法なものである。結局昭和四一年度の本件逋脱額の認定は誤った昭和四二年度の売上額を前提としてさらに誤った推計を加えた真実にも反するのであり違法なものである。

(3) 現に昭和四二年度の公表率を昭和四一年度にあてはめると、同年度は金七四、七七七、〇七二円の売上除外が発見されなければならないのであるが(原判決添付第三表)、昭和四二年度に仮空名義の預金で売上除外を行っていた浪速信用金庫京橋支店の昭和四一年度の仮名預金額は金四五、二五八、〇〇〇円にしか達しないのである(一審判決添付別紙7)。昭和四一年度に他の金融機関に隠ぺい預金が存したとの立証がなされない以上仮に除外売上があったとしても右金四九、二五八、〇〇〇円を限度とすべきであって、右公表率を使用すべきでない。

(4) この点原判決は第一審判決と異なり、昭和四一年度と同四二年度の景品仕入額またはこれを含む仕入総額を基準とした原価率をもって売上高を算出し(原判決添付第四表)、右公表率による推計が控え目で合理性があることを根拠づけている。しかしこれは一審判決添付別表三に明らかなように、景品仕入額が何故か昭和四一年度(金一四九、四四五、〇〇〇円)より同四二年度(金一四七、九六九、〇〇〇円)が少額であることに着目して計算されたもので、この方途をとるならば景品仕入額以外の諸出費に使ったと考えられる当座預金額だけを対比した原価率による売上額を算出すると、昭和四二年度(金五六、三九一、四七九円)より同四一年度(金五一、一七二、二六五円)が少額となるのであって決して控え目な数字は出てこないのである。

第一審における馬場種治、尾崎増嗣、角田享、阪本重機、中村英祐らの証言を総合すると被告人もしくは中川、許小権は取引銀行としては浪速信用金庫京橋支店しか使用しておらず、現金は小銭を含めて同金庫に全て入金していた事実があり、他に預金口座を開いた金融機関は考えられない。原判決は営業規模や営業方針に変更なきかぎり同額の売上を挙げるものと判示しているが、むしろ経費支出に当てる当座預金外の預金が減っており、他に預金取引がないということは営業規模や営業方針が変更しないのにかかわらず売上高が減少したことを如実に物語っているといわねばならない。

三、租税法律主義と適正手続保障違反

以上のように原判決が合理性を欠く昭和四二年度の売上高推計を前提とし、別に反面調査に基づいて売上除外が把握されているのにそれを信用せず、右不正確な売上額から算出される公表率で昭和四一年度の売上額を推計して逋脱税額を認定したことは、課税要件たる所得額ならびに税額の認定は適正な方法により正確になさなければならないとの租税法律主義(憲法三〇条、八四条)に違反するものでありかつ刑事裁判の大原則である適正手続の保障(憲法三一条)にも反するものであって原判決は破棄を免れない。

第二点 原判決には事実誤認があり、その違法は判決に影響を及ぼし破棄しなければ著しく正義に反する。

一、原判決が、前述したように合理性を欠く推計計算により昭和四二年度の売上額を金二八〇、八一四、〇四一円、同四一年度のそれを金二七四、六五三、一七二円と認定したのは、不当に高額に売上額を認定したもので事実誤認である。

たとえば、第一ホールの昭和四一、四二年の年間売上額をパチンコ機一台当りの平均売上額から積算すると、原判決が認定するような額には到底達しない。

被告人らは昭和三七年一月から第一ホールを営業したが、昭和四一、四二年当時、パチンコ台数は四四六台であった。兵庫県遊技業共同組合副理事長益原八千夫の一審での証言および被告人の一審での三三回公判供述によると、昭和四二年当時パチンコ一台当り一日平均売上高は一二〇〇円ないし一五〇〇円であった(被告人の昭和四五年二月一六日付検事調書によると一日最低一五〇〇円で、多いときには一七〇〇円ないし一八〇〇円もあったであろうと述べている)。また一ケ月の開店日数は二七日ないし二八日であった(被告人の右検事調書および右公判廷の供述)。

仮に第一ホールの年間売上額をパチンコ機一台当り一日(イ)金一五〇〇円の売上が挙るとして積算すると次のとおり年間売上高は約二億一六〇〇万円となり、一台当り一日(ロ)金一七〇〇円とすると約二億四五〇〇万円となるのであって、原判決の認定額との間に六〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円の差が生じるのである。

イ.(1500円×446)×27×12=216,756,000円

ロ.(1700円×446)×27×12=245,656,800円

殊に右(ロ)の金額は前述した昭和四一年度の仮名預金と公表金額の合計額二億四九〇〇万円の売上額とほぼ一致するのであって、その真実性が裏付けられるのである。

また仮に、原判決が認定した売上除外額を控え目に修正して三〇%減とすると次のとおり売上額は昭和四二年度で金二億五七〇〇万円、同四一年度で金二億五二〇〇万円となって右金額に近づいてくるのであって、この辺が真実の売上額であると思料する。

(42年分)

(公表金額) (修正除外金額)

204,360,479円+(76,453,562×0.7)=257,877,972円

(41年分)

(公表金額) (修正除外金額)

199,876,100円+(74,777,072×0.7)=252,220,050円

この点原判決には重大な事実誤認があり破棄を免れない。

以上

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